OGAWA Flavors & Fragrances

REVIEW 02

フレーバーリリース分析と
その応⽤における
今後の課題

A Study on flavor release of foods

食品のフレーバーリリースに関する研究

Introduction

はじめに

食品の嗜好性を左右する風味(フレーバー)は、香りと味の複合的な刺激により形成される感覚である。香りは食品から揮発する成分(香気成分)による感覚であり、その多くは鼻で知覚される。一方、味は食品に含まれる主として水溶性の成分(呈味成分)による感覚であり、その多くは舌を中心に口腔内で知覚される。この様に、フレーバーは異なる感覚器官で知覚された香気成分と呈味成分の刺激から生じる複合感覚と言われている。魅力的なフレーバーを楽しむ食品にとって、香気は呈味とともに食品(製品)の価値を左右する重要な要素のひとつであり、嗜好性に優れた良質な香気を賦与することは、食品(製品)の品質向上のための重要な課題である。これまでに、弊社では、より魅力的なフレーバーを作りだすために、鍵となる香気成分の探索やそれらの食品における化学的、物理的、あるいは感覚的な特性の解明に取り組み、その成果を香料開発に応用してきた。今回は、近年特に着目されているレトロネーザルアロマの最新研究とその応用について報告する。

解析研究所 所長
熊沢賢二

Development of novel analytical technology of flavor release

新たなフレーバーリリース分析法(Retronasal Flavor Impression Screening System: R-FISS®)の開発

食品のフレーバーにとって、口に含んだ際のインパクトや飲食後の持続性など、口腔における香気成分のフレーバーリリースも重要な要素のひとつであり、そのコントロールを可能とするためには、個々の香気成分におけるフレーバーリリース特性を理解することが重要である。香気は食品から揮発した香気成分が鼻腔上部にある嗅上皮の受容体を刺激し、その信号が大脳に達することにより発現する。したがって、口に入れられた食品の香気を感じるということは、香気成分がのどを経由して嗅上皮に達していることを意味している。そのため、嗅上皮に達する香気成分の量や組成を知ることは、人が飲食中に感じる香気を理解するために重要である。しかし、嗅上皮付近の香気成分を直接分析することは難しいため、鼻腔を経由して鼻から排出される香気成分を測定する方法が提案されている。

イメージ

これは、人が飲食中に感じる香味の強さが、食品に含まれる香気成分量よりも鼻から排出される成分量との間に良好な相関があるというTaylorらの実験結果1 ) に基づくものであり、既に、幾つかの測定法が提案されている。しかし、これらの測定法は、高濃度で単純な組成の香料を添加したモデル食品では有効なものの、多くの種類の香気成分が低濃度で含まれる実際の食品へ応用することは困難であった。そこで、実際の食品に応用できる新たな測定法としてRetronasal Flavor Impression Screening System( R-FISS® )を開発した2 )。この方法は、鼻より排出された香気成分を吸着管に捕集し(図1)、さらに、加熱脱着装置を用いて希釈することなく香気成分をGas Chromatography-Mass Spectrometry(GC-MS)へ導入するというものである。この測定法は、人が飲食中に感じている多くの種類の香気成分を一度に分析できるうえに、鼻から極微量しか排出されない香気成分も定量できるという利点がある。この様に、新たな測定法であるR-FISS®は、人が飲食中に感じている香気の組成と成分量を知ることを可能とした。

イメージ
  • ①ガラス製ノーズピース
  • ②シリコン製ゴムチューブ
  • ③吸着管(吸着剤を充填したガラス管)
  • ④ポンプ
  • ⑤約1L/minで吸引
図1 鼻から排出される香気成分の捕集法(R-FISS®)概略図

Development of flavor release-conscious
flavor products by R-FISS®

R-FISS®を活用したフレーバーリリースに配慮した香料の開発

ここでは、香気成分のフレーバーリリース特性についてR-FISS®を用いて得られた新たな知見を紹介する。

(1)ガムにおけるフレーバーリリース特性2)

近年、ガムの香料には、嗜好性に優れた香調や力価に加えて、噛みはじめの拡散性や優れた持続性などフレーバーリリースのコントロールが強く求められている。しかし、香料を構成する多数の香気成分のフレーバーリリース特性を客観的に把握し、香料開発へ応用することは困難であった。そこで、ガムの香気成分をR-FISS®で分析したところ、香気成分の種類によりフレーバーリリース特性が大きく異なることを見出した(図2)。さらに、様々な香気成分を配合したモデルガムの実験結果から、香料に使われる多種多様な香気成分のフレーバーリリース特性も予測が可能となった。この様に、R-FISS®は香気成分ごとに異なるフレーバーリリース特性の評価やその予測に極めて有効であり、ここで得られた知見を基にフレーバーリリースをコントロールしたガム用香料の開発が可能となった。

グラフ
図2 ピーク面積比(10 min/1 min)によるガム香気成分のリリース特性の把握
各香気成分の発現特性(初発性や持続性)をピーク面積比(10 min/1 min)の比較で評価
各香気成分のピーク面積比は、ガムを1分間および10分間、咀嚼中に鼻より排出された香気成分のピーク面積値より算出

(2)コーヒーのフレーバーリリースにおける牛乳の影響3)

飲料の香料には、乳成分の有無や甘味料の種類、あるいはアルコールの有無といった飲料組成の違いにより生じる風味差を調整する機能が求められる。その一例として、牛乳の添加によるコーヒーの風味変化をR-FISS®で分析したところ、コーヒーに含まれる香気成分の大部分は牛乳の影響を受けないものの、コーヒーの香ばしさに重要な香気成分である2-furfurylthiolが減少することを見出した。そこで、牛乳を添加したコーヒーの2-furfurylthiol量をコーヒーと同じフレーバーリリース量になるように調整したところ、フレーバーリリースが改善され、香ばしさが向上した。この様に、R-FISS®は飲料組成の違いにより生じる風味差の解明にも有効である。飲食中に感じる香気成分の組成と量を把握できるR-FISS®は、フレーバーリリースに配慮した香料の開発に有効である4)

グラフ
  • ブラックコーヒー、ミルクコーヒーの香料無添加
  • ブラックコーヒー+R-FISS®活用香料
  • ミルクコーヒー+R-FISS®活用香料
嗜好系フレーバーリスト6名の評価結果
評価方法:段階尺度法(7段階) 香料無添加を4pt.とした

例えば、果実を食べている時に感じている香気をR-FISS®で分析して作製した香料は、果汁感、フレッシュ感、軽やかさ、余韻といったフレーバーを強め、果実のまるかじり感を飲料に賦与する効果を発揮した(図3)。また、R-FISS®の知見を活用したコーヒー香料は、コーヒー飲料を淹れたてのレギュラーコーヒーに近づけることを可能にした。その他、チョコレートなどの菓子、チーズなどの乳製品、かつおぶしやゴマ、あるいは牛肉といった食品など、様々なアイテムにR-FISS®を活用し、フレーバーリリースに配慮した新しい香料の開発を進めている。

グラフ
  • 青果(桃)
  • 100%果汁飲料(桃)
  • 100%果汁飲料(桃)+R-FISS®活用香料
グラフ
  • レギュラーコーヒー
  • RTDコーヒー飲料
  • RTDコーヒー飲料+R-FISS®活用香料
図3 官能評価の結果

Future challenges for flavor release analysis and its application

フレーバーリリース分析とその応用における今後の課題

食品に含まれる香気成分と飲食中に人が香気として感じる成分は、どの様な関係になっているのだろうか。果たして、食品に含まれる成分が、その構造や組成を保ったまま嗅上皮の受容体で認識されているのだろうか。このような口腔から受容体に至るまでの香気成分の挙動は、ほとんど検討されていない未知の分野である。そこで、R-FISS®を利用して、飲料に含まる香気成分と飲用中に人が香気として感じる成分の関係を様々な官能基の香気成分について検討した5)。その結果、様々な食品の香気にとって重要なチオールやアルデヒドを官能基に有する香気成分は、口腔より喉を経由して鼻孔から排出されるまでの間に、その一部が変化し、各々に対応するメチルチオエーテルやアルコールを生じる現象を見出した(図4)。

Thiol
Aldehyde
図4 口腔より鼻腔を通って鼻孔から排出される間に生じる香気成分の変化(チオール、アルデヒド)

また、様々なチオールについて、鼻から排出された成分の組成を複数の人で比較したところ、チオールとメチルチオエーテルの組成比は、チオールの種類によって大きく異なった(図5)。すなわち、食品に含まれる香気成分は、その構造や組成を保ったまま受容体に達するばかりではないという事がわかった。これらの結果は、従来、香気成分の物理的な性質から議論されることが多かった食品のフレーバーリリースにとって、香気成分の化学的な性質も考慮する必要があることを示唆している。R-FISS®を始めとした分析技術の進歩により、食品におけるフレーバーリリース特性は急速に解明が進みつつある。しかし、その一方で新たな疑問も生じている。例えば、香気成分と呈味成分の相互作用の影響である。これは、各々が独立した刺激で生じる香り(嗅覚)と味(味覚)が相互に影響を及ぼす現象である。甘味や酸味が香気の強度に及ぼす影響として、甘味や酸味物質が減少すると香気成分量が変化しなくても香気強度の低下が観測されている。一方、甘味や酸味物質の含有量が同じでも、甘さや酸味を想起させる香気の添加により、その強度を強める効果も観測されている。この様に、食品のフレーバーリリース特性にとって、口腔における香りと味の相互作用の理解が重要な課題のひとつとして浮上しつつある。小川香料では、継続して本研究を進め、新たな知見が得られ次第、報告していく予定である。

グラフ
  • チオール
  • メチルチオエーテル
図5 チオールの構造と組成変化の関係(鼻から排出された香気成分の組成比)

参考文献

  • 1. Taylor, A. J., Linforth, R. S. T. In“ Flavours and Fragrances,” ed. by K. A. D. Swift, Royal Society of Chemistry, Cambridge, (1997) pp. 171-182.
  • 2. Kumazawa, K., Itobe, T., Nishimura, O., Hamaguchi, T. Food Sci. Techol. Res., 14, 269-276 (2008).
  • 3. Itobe, T., Nishimura, O., Kumazawa, K. Food Sci. Techol. Res., 21, 607-614 (2015).
  • 4. 成田晃浩・糸部尊郁AROMA RESEARCH, 14(3), 229-233(2013).
  • 5. Itobe, T., Kumazawa, K., Nishimura, O. J. Agric. Food Chem., 57, 11297-11301 (2009).